第44代アメリカ大統領、バラク・オバマ。
彼の回顧録「約束の地」を半分読み終えました。なぜ半分なのかというと、この回顧録の日本語版は上下巻あわせて1000ページほどの大作になっていて、まずは上巻を読み終わったので半分ということです。
彼の回顧録「約束の地」を半分読み終えました。なぜ半分なのかというと、この回顧録の日本語版は上下巻あわせて1000ページほどの大作になっていて、まずは上巻を読み終わったので半分ということです。
世界一の権力までの嘘みたいな話
この本は、オバマ大統領がただの学生だった時代から始まります。第1章には、家族を大切にする、本が大好きで、社会問題や政治問題に興味がある1人の青年が描かれています。少しばかり社会問題に興味があったとはいえ、この青年が、いずれ世界最高の権力を持つ存在になるとは、この時点では誰も想像できていません。
その青年は、カリフォルニアのオクシデンタル大学から、22歳でニューヨークのコロンビア大学へ進学、のちにハーバード大学に入学、弁護士資格を取ります。
コロンビア大学に在学中は、ボロアパートに住み、パーティーにも行かず、彼女も作らず、毎日アメリカという国の理想について考えふける日々だったようです。
弁護士資格を取った後は、弁護士事務所には入らずシカゴでコミュニティーオーガナイザー(地域の課題解決にむけて、ごく普通の人たちを連帯させていく役割)として日々様々な課題に向き合いますが、自分の無力さや影響力のあまりの小ささに悩む日々を過ごします。その劣等感が「もっとインパクトのあることをしたい」という欲望を生み出し、自分を大統領の座まで引き上げるのですが、それがわかるのはもっとあとになってからのことです。
ミシェルとの関係
この本にはいくつかテーマがありますが、その中の1つがバラクと妻ミシェルの関係です。
まだミシェルがシカゴの弁護士事務所で働いていたときから話は始まり、彼女とどのように付き合うことになったのか、結婚、選挙期間中の様々な葛藤、夫の壮大な夢に振り回される妻、自分が築き上げてきた素晴らしい弁護士としてのキャリアを諦める瞬間、平穏な家族を求める妻と、使命に駆られる夫、小さな2人の娘の子育てをしながら政治家、強いては大統領を目指す無謀な戦い、そしてお互いへの理解。言い争いになるシーンも数多く出てきます。
ミシェルはさまざまな負担を背負い、育児と仕事のあいだを行ったり来たりしながら、どちらも十分にできていないのではないかと思い悩んでいた。毎晩、娘に食事をさせ、その体を洗い、お話を読み聞かせ、家の掃除をして、ドライクリーニングの受取日を確認し、小児科医に予約を入れるというメモを書き、その後にようやく空のベッドに倒れ込む。数時間後には同じことを一から繰り返さなければならないと知りながら。その間、夫は〝大切な仕事〟に行ったきりだ。 私たちは口論することが増えていった。(中略)「そこまで価値があることなの?」と彼女に聞かれた。そのとき自分がどう答えたのか、覚えていない。ただ、自分でもわからなくなっていると言えなかったはずだ。
この本でもっとも印象に残っているシーンの1つは、オバマがアメリカ大統領選挙に出馬する可能性を初めて妻に打ち明け、妻は落胆し、そして最後に妻が1つの質問を投げかける場面です。
「今〝僕たち〟って言った?〝僕〟の間違いよね、バラク。〝僕たち〟じゃない。これは〝あなた〟の問題よ。私はいつだってあなたを支えてきた。政治は大嫌いだけど、あなたを信じてるからよ。政治のせいで、私たちの家族がみんなの目にさらされている。あなただってわかってるはず。ようやく、少し落ち着いてきたのに。それも、まだ完全に元に戻ったってわけじゃない。私が選んだはずの私たちの生活にはなってないわ。それなのに、今度は〝大統領〟になりたいって言うわけ?」 私は彼女の手を取った。「出ることに決めたとは言ってないよ、ハニー。ただ、可能性をむげに拒絶するわけにはいかないってことなんだ。でも、君が同意しない限り話を進めたりしない」。私はひと呼吸置いた。彼女の怒りは少しも和らいでいない。「君が望まないのなら、僕は出ない。それだけだ。君に決めてほしい」ミシェルは、まるで私を信じていないとでも言いたげに眉を上げた。「もしその言葉が本心なら、私の答えはノーよ。大統領選には出てほしくない。少なくとも今は」。それからミシェルは私に厳しい視線を向けて、ソファから立ち上がった。「ああ、バラク……いったいいつになれば、あなたは満足するの?」 私が答える前に、彼女は寝室に入ってドアを閉めた。
バラクは、自分の心の内を吐露します。
なぜ、私は彼女をつらい目に遭わせようとするのだろうか? 単なる虚栄心からなのか? あるいはもっと暗い何か、権力への渇望や抑えきれないほどの野心を、奉仕などという薄っぺらな言葉で覆い隠そうとしているのか?(中略)本当のところ、私はそうした問題をずいぶん前に解決したと思っていた。仕事にも自信が生まれ、愛する家族と安定した家庭生活が送れるようになっていたからだ。しかしここにきて、そもそも自分のなかにある癒やしを必要とする何か、あるいは常により多くを求めつづける気持ちといったものから脱却できるのか、それがわからなくなっていた。
それでも止まらなかった大統領選挙への出馬。後日、ミシェルが腹を括る瞬間がここです。
「それなら聞きたい、なぜあなたなの、バラク?なぜ大統領職は〝あなた〟でなければだめなの?」
「僕が最後までやり通せる保証なんてどこにもない。それでも、確実にわかっていることが一つある。僕が右手を挙げて合衆国大統領への就任を宣誓したその日から、世界はアメリカをこれまでとは違う目で見はじめるだろう。国中の子どもたちが、黒人の子も、ヒスパニックの子も、周囲になじめないでいる子たちもみんな、自分自身を新しい目で見つめはじめるだろう。彼らに新しい地平が開かれ、可能性が広がる。それだけで十分に意味があると思うんだ」
部屋を静寂が包んでいた。マーティがほほえんだ。ヴァレリーは目に涙を浮かべていた。彼らの一人一人が、合衆国で初めてのアフリカ系アメリカ人による大統領宣誓を頭に思い描いているのだとわかった。 ミシェルが私を見つめる時間は永遠に続くように思えた。「そうね」。ようやく彼女が口を開いた。
「大変よくできました」
みんなが笑った。(中略)それから何年も、あのとき部屋にいた者はみな、あの会議のことを話題にすることになる。ミシェルの問いに対する私の答えは、みんなが共有していた信念を、私が即興で言葉にしたものだ。そしてその信念が、その後の長く厳しく、想像を絶する旅へと全員を駆り立てたのだ。大統領執務室で小さな男の子が私の髪に触れるのを目にしたり、スラム街の学校に通う生徒が私の大統領就任後に熱心に勉強しはじめたという話を先生から聞いたり、そういうことがあるたびに、みんなあの日のことを思い出しただろう。
これがどの程度真実を描いているのかはわかりません。しかし、少なくともこの本で、オバマ大統領は、妻ミシェルへの感謝と自分への懺悔、その時々に自らの心の奥底にあった断固たる決意との葛藤を数多く書き残しています。また、(オバマ大統領による表現ですが)ミシェルもまた、さまざまな葛藤を乗り越えて、人生の多くの部分をファーストレディとして生きていく覚悟を決めていきます。
欲望と戦略と運が渦巻く選挙
上巻では多くの選挙活動のシーンが描かれます。初めての選挙活動となったイリノイ州議会議員選挙、それから連邦議員選挙、民主党指名選挙、そして大統領選挙。
はじめ数人だったチームが、最後の大統領選挙の時には何万人ものスタッフとなり、バラク・オバマをアメリカ合衆国大統領にするために奔走します。多くの幸運と、その幸運を掴み取るための周到な準備と緻密な戦略が描かれています。どの州をどのように攻めるのか?いくらあっても足りない限られた人的、金銭的、時間的リソースをどのように使うことが最適なのか?仮説を立てて、実行して、そこから学び、また計画を練る。その様子が事細かに描かれています。
そして選挙活動では、はじめ数十人だった観衆が、どんどん膨れ上がり数千人、数万人の熱狂を生んでいく過程、その裏側で突然様変わりしてしまった生活もリアルに描写されています。
子供たちといつものように水族館にアシカを見に行ったら民衆に囲まれて有権者の対応をしないといけなくなったこと、いつの間にか通用口からしか建物に入れなくなってしまったこと、あまりの脅迫の量に歴史上初めて党の指名争いを待たずに24時間のシークレットサービスの警備がついたこと、そのせいでどこに行くにも武器を携帯した男女がついてまわる生活がはじまったこと(どんな部屋の前にも武器を携行したシークレットサービスが立ち、どこで寝る時でもベットの周りに防弾仕様のついたてが置かれ、そして1ブロックたりとも自分では運転できなくなってしまった)、自分の警備ために片側3車線の道が双方向で通行止めになった道を走っている時に、周りにまったく車がいないことに気づいた後ろに座っていた子供たちが、パパの人気がないと勘違いしてしまったことなど、多くのリアルが書かれています。
実際の選挙活動は、毎日が厳しい日々の連続です。精神がおかしくなりそうな毎日と、それを支えるスタッフ・ボランティア、この戦いの凄まじさと現実がそこには描かれています。
宿泊は〈ハンプトン・イン〉か〈ホリデイ・イン〉か〈アメリクイン〉か〈スーパー8〉。睡眠は5時間か6時間。トレーニングができればどんな施設ででも、朝はできるだけ運動するように心がけていた。それから荷づくりをし、朝食を適当にかき込んでワゴン車に乗り込むと、その日最初の遊説地に着くまでのあいだ、資金協力を求める電話を何本かかける。その後は地元紙かローカル局の取材を受ける。地元の党幹部たちに挨拶する。トイレ休憩。余裕があれば通りがかりのレストランに立ち寄って有権者たちと握手。車に戻ってさらに何本か資金調達の電話。このルーティンを1日に3回か4回繰り返す。合間を見つけて冷たいサンドイッチかサラダの食事。ようやく夜9時を回るころ、その日の宿舎となるモーテルにたどり着き、ミシェルと娘たちが寝てしまう前に電話をかける。それから翌日の活動に関するブリーフィング資料を読み、その途中で疲れ果てて眠ってしまい、バインダーが私の手から滑り落ちる。こうした活動以外に、資金提供者と会うため、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ダラスといった都市への出張もある。華やかさとは無縁の無味乾燥な毎日だった。それがこれから18か月も続くのかと想像するだけで気が滅入った。
自分が使えるアセット(資産)を正しく評価し、競合を調べ上げ、そこから成功確率を上げるための戦略を練って、実行し、検証する。煌びやかに見えても、その毎日はまさに Hard things の連続。
全く繋がらないと思える様々な事柄も、こうやってみると共通点も見えてきます。
アメリカ大統領の日常
アメリカ大統領は世界最高の権力を持っていますが、世界で最も不自由な人とも言えます。
移動が制限されることはいうまでもなく、安全保障の観点から私たちのようにスマホすら持たせてもらえないようです。オバマ大統領が数週間にわたって何人ものサイバーセキュリティ担当者と交渉して手に入れたのは、審査を経た20人ほどの知人にメールができるプライベート用のブラックベリーだけ。電話機能が使えないように内蔵マイクとヘッドホンジャックは取り除かれたそうです。
ホワイトハウスは大統領の職場でもありますが、住居でもあります。住居には、ジム・プール・テニスコート・映画館・美容室・ボーリングレーン・医務室などが配備され、完璧なスタッフが毎日ピカピカにしてくれます。食事も当然専用のスタッフが作り、配膳をしてくれます。電話は交換手が常に待機、自分で電話番号を調べてかける必要はありません。
驚いたことに、大統領がホワイトハウスの家具を新調するときは自腹なのだそうです。食料品やトイレットペーパー、私的な夕食会で手配するスタッフもすべて自腹。一方で職場(大統領執務室)の修繕は公費で行ってもらえるのですが、オバマ大統領は歴史的な不況にある時期に、生地の見本にじっくり目を通すのはふさわしくないと修繕しないことを決めたそうです。
この本の所々で、大統領がどんな生活をしているのかを垣間見ることができます。娘さんたちの教育のために、自分の部屋の掃除とベットメークは自分でさせるようにしたこと、執事がタキシードじゃなくてポロシャツで食事を出すまで何ヶ月もかかったこと、シークレットサービスがオバマ大統領につけたコードネームは「反逆者」であり、「第二船倉に向かっている」というのは「トイレに向かっている」ことだということ。
その他にも、大統領専用車(ビースト)や、エアーフォースワン、核のフットボール、シークレットサービスとの駆け引きなどがリアルに書かれています。
サブプライムローンの問題や、ミシェルや家族の話の合間に入ってくる大統領としての日常は、この本の醍醐味の1つです。
リーマンショックとリーダーシップ
オバマが大統領になることが決まる2008年。その前の2007年から発生したサブプライムローン問題に端を発した世界金融危機、それに伴うアメリカ経済の急速な悪化、いわゆるリーマンショックと呼ばれるこの問題が、当時まだ生きていたウサマビンラディンを見つけ出すことよりも、様々な外交政策よりも、環境問題よりも、2009年1月に就任するバラク・オバマ大統領にとって最も重要な政策課題となります。
オバマ大統領は、自身がまだ大統領になる前の当時の状況をこのように表現しています。
市場は崩壊の瀬戸際でよろめいているように見えた。大地の裂け目を塞ごうとシャベルで砂利を流し込んでいるかのうようだった。そして、少なくとも当面、政府はその砂利を使い果たしていた。
それはただ経済を立て直すだけの戦いではなく、ある意味イデオロギーの戦いでもあり、自由経済主義と保護主義の戦いでもありました。
現在多くの国では経済的自由がその根幹にあります。人々が自ら創った機会と努力と運と才能によって、すべての人々は自由に経済活動を行うことができ、その結果は個人の才能と努力によるものであり、個人がその結果を享受でき、政府は可能な限りそれを制限してはならない。
その結果をトマス・ピケティは「21世紀の資本」で「資本回収率は経済成長率を上回る(つまりどんなに働いても資産家には勝てない)」と表現し、マイケル・サンデルは「能力主義は正義か?」という本の中で、当たり前のように信じられているこの能力主義を痛烈に批判しました。
オバマは現在の社会をこのように表現しています。
この勝者総取り社会では、資本を握るか、特殊でありながら需要の大きな技術を獲得した者が、その資産を活かして世界の市場に売り込みをかけ、人類史上のどんな人たちよりも富を蓄積できる。
そして彼の経済政策はこの動きに対して少なくともブレーキをかけるものでした。
私の考えでは、これは避けようのない結果というよりも、ドナルド・レーガン政権まで遡る政治的な選択の結果だった。経済的自由の旗の下で富裕層減税が続き、幼児教育からインフラ整備に至るまで、あらゆる分野で恒常的に連邦予算の投入が不足していた。こうした要素すべてが格差を拡大させ、家系はちょっとした景気の落ち込みですら乗り切る備えができていなかった。私は、働く意欲のある人々が公正な扱いを受けられるよう、法制度を調整することは可能だと確信していた。
しかし、事はそれほど単純ではありませんでした。
政府は自由経済に対してどこまで介入するのか?なぜ大企業は救済し、小さな企業は見捨てられるのか?サブプライムローンを引き起こしたウォール街はそれでも一般国民からすると計り知れないほどの報酬をもらっている、それに罰は与えられないのか?隣人の住宅ローンを減らすために、なぜ自分の税金が使われるのか?その隣人がディズニーランドに行っていたら?それは公平なのか?
共和党、民主党、メディア、官邸スタッフから様々な意見、交渉、裏切り、抵抗、ロビー活動、協力がありながら、オバマ大統領は着実に実行していきます。就任から100日でアメリカ復興・再投資法を成立させ、また破産したゼネラルモーターズを国有化して救済、8000億ドル(80兆円)という莫大な金額の財政政策を行い、結果としてこの経済政策のおかげでアメリカは世界で最も早くこの不況から抜け出し、128ヶ月という10年以上の景気拡大を迎えることになります。そして、結果として莫大な資金が必要とされた経済復興は、その後の好景気によって減るどころかむしろ増えることになります。
正解など永遠に来ないかもしれない問題に対して、自分が決断すれば称賛と同時に非難されることを知りながら、オバマ大統領は孤独のなかで決断をして、実行していく。まさにこの本で一番学ぶべき「リーダーシップとは何か?」を痛いほど教えてくれます。
共和党、民主党、メディア、官邸スタッフから様々な意見、交渉、裏切り、抵抗、ロビー活動、協力がありながら、オバマ大統領は着実に実行していきます。就任から100日でアメリカ復興・再投資法を成立させ、また破産したゼネラルモーターズを国有化して救済、8000億ドル(80兆円)という莫大な金額の財政政策を行い、結果としてこの経済政策のおかげでアメリカは世界で最も早くこの不況から抜け出し、128ヶ月という10年以上の景気拡大を迎えることになります。そして、結果として莫大な資金が必要とされた経済復興は、その後の好景気によって減るどころかむしろ増えることになります。
正解など永遠に来ないかもしれない問題に対して、自分が決断すれば称賛と同時に非難されることを知りながら、オバマ大統領は孤独のなかで決断をして、実行していく。まさにこの本で一番学ぶべき「リーダーシップとは何か?」を痛いほど教えてくれます。
危機を食い止めようと政策を立案する側からいわせてもらえば、このような問いに意味はない。少なくとも短期においては。隣の家が火事になったとき、消防署の人間が消防車の出動許可を出すのに、原因は雷ですか?寝タバコですか?などといちいち聞いてきたらどうだろう。通報者にとって大切なのは、火の粉が自分の家に飛んでくる前に火が消し止められることだろう。住宅ローンの担保差し押さえが大量に発生するというのは、最悪の大火事にも等しい緊急事態だ。あらゆる家の価値を破壊し、経済をどん底に引きずり込む。政策当事者として、私たちは自分たちのことを消防署のようなものだと考えていた。
大統領という仕事に就いてまもなく悟ったのは、私のデスクに差し出される問題には、外交問題であれ国内問題であれ、100パーセント完璧な解決策などないということだった。そんなものがあるなら、指揮系統の下のほうで、誰かがとっくに解決していたはずだ。むしろ私が日々相手にしているのは、何かが起こる確実性の度合いなのだ。たとえば、何もしないことを決断した場合には70パーセントの確率で惨劇に至るだろうとか、あちらではなくこちらの道をとれば55パーセントの確率で問題は解決するが、結果が意図したとおりになる可能性はゼロだとか、どんな選択をしようともうまくいかない確率は30パーセントあり、加えて問題を悪化させる可能性も15パーセントある――といった具合だ。 このような状況で完璧な解決策を追い求めても挫折は目に見えている。
歴史が評価する
オバマ大統領の経済政策は、今尚論争の的になっています。
その当時は誰も想像できないほど上手く行った経済政策。アメリカの金融システムは1年以内に安定し、すべての融資は完済され、納税者の金を浪費するどころか増やすことに成功し、アメリカ経済は史上最長となる持続的な成長と雇用創出の時代を迎えます。
しかし、そのおかげで現在の不均衡を正常にできる機会を失ったという人もいます。オバマが経済危機を救ったおかげで金融改革を行えるチャンスを失ったのだという批判です。よく日本でも言われる「膿を出す」チャンスを失ったのだと。たとえばあのときに大銀行を潰していたら、あのときウォール街の住人を数名刑務所に送れていたら、現在の超格差社会は少なくとも是正され、より公平なシステムのが生まれていたという批判です。
10年が経って、オバマ大統領はこのように振り返ります。
そして私は思う。あの最初の数か月、私はもっと大胆になるべきだったのだろうか? 短期の痛みをもっと積極的に引き受けて、それと引き換えに、二度と後戻りすることのない公正な経済的秩序を求めるべきだったのだろうか? 私は今でもこうした思いにさいなまれている。それでも仮に、また時間をさかのぼって一からやり直すことができるとしても、別の道を選ぶとは断言できない。
評論家は簡単に「抜本的改革」だの「本質的な解決」だの言うが、その背中に何百万人もの人たちを背負ったときに同じことを言えるのか?その問いを突きつけられます。
私は一つの思想を追求して自分の身を滅ぼすことについては常日頃からやぶさかではないと思ってきたものの、何百万もの人々の幸福を道連れに同じ危険を犯そうとは思わなかった。その意味で、就任直後の100日間は私の政治の基本的な性質を明らかにしたといえるだろう。私は改革者であり、ビジョンはともあれ気質は保守的だった。私が示していたものが賢明さなのか弱さなのかは、他の人々の判断を待つよりほかはない。
そして最後はこのように終わります。
私たちは国の舵を切って惨劇を回避した。私たちの仕事は、早くもある種の安心感を国民に与えている。失業保険の支払い枠の拡大によって、国中の家族が破産を免れている。小規模事業者への減税によって労働者が解雇されずにすんだ。教師は教室を去らなくてよくなり、警察官はパトロールに出ている。閉鎖の危機にあった自動車工場は操業を再開し、ローンの借り換えで家を失わずにすんだ人もいる。
破局がやってこなかったこと、あるいは正常が正常のまま保たれたことについていちいち注目するする人はいない。その影響を受けた人でさえ、そのほとんどは私たちの政策と彼らの生活の接点には気づかないままだろう。しかし時折、〈トリーティールーム〉で夜更けに手紙を読んでいると、紫色のフォルダーのなかにこんな書き出しの手紙を見つけることもある。
親愛なるオバマ大統領
この手紙をお読みになることはないと思いますが、それでも大統領はお知りになりたいのではないかと推察いたします。あなたが始められたプログラムは、真の救世主でした……
読み終えたあと、手紙を置いてカードを引っ張り出し、送り主に短い返信を書く。彼らがホワイトハウスからの公式の封書を受け取り、首をかしげながら開封し、やがてほほえむ姿を想像する。彼らは手紙を家族に見せるだろう。ひょっとしたら職場にも持っていくかもしれない。その後、その手紙はどこかの引き出しにしまわれ、人生の新しい喜びや痛みがその上に積み重なって、やがて忘れられる。それでかまわない。人々の声が私にとってどれだけ大事なものであったか、彼らにそれを理解してもらおうとしても仕方ないことだ。しかし、彼らの声こそが私の心を支え、耳元でささやかれる疑念の声を追い払うのに手を貸してくれたのだ。たとえばこんなひとりの夜に。
世界を動かす30代がザクザク出てくる劣等感
この本にはオバマ大統領を取り巻く様々な人たちが出てきます。驚いたことは、その多くが30代だということです。オバマ大統領とGMの国有化に向けて議論をしたのも、選挙を最前線で支えた多くのスタッフも、国家安全保障会議の戦略コミュニケーションを取り仕切っていたのも、スピーチライターも、すべて30代(場合によっては20代も出てきます)、自分より遥かに若い世代でした。
なんと刺激的であり、そしてまた劣等感を感じることになりました。
アメリカ人にとって大統領とはどんな存在なのか?
私が今の会社に入ったのは2016年4月です。その年、アメリカの歴史の中できっと長い間語り継がれるだろうアメリカ大統領選挙が行われました。共和党はドナルド・トランプ、民主党はヒラリー・クリントン。あらゆる報道機関が、ヒラリー・クリントンがアメリカの歴史上初めて女性大統領に就任する予測を出していました。
日本とアメリカの時差のおかげで、日本の始業時間はアメリカ東部時間の夜、つまり開票は日本の勤務時間に行われます。次々と開票速報が流れる中でドナルド・トランプの優勢が伝えられました。
選挙当日。その日私は、アメリカ企業の社員として初めてアメリカ大統領選挙の日を過ごしました。言葉では表現できない不思議な空気だったことを今でも覚えています。その時に私は、アメリカ大統領という存在がいかにアメリカ人にとって大きな存在なのかをまざまざと感じることになりました。
ドナルド・トランプが大統領に選ばれた少し後に、アメリカ人の友人と大統領について話しました。
私は友人に「アメリカ人にとってアメリカ大統領とはどんな存在なの?」と尋ねました。それはイギリス人にエリザベス女王とはどんな存在なのか?、日本人に天皇陛下とはどんな存在なのか?と聞くのと同じ感じかもしれません。少なくとも、日本人が内閣総理大臣について抱いている感情とは全く違う感情を抱いているのだろうという勝手な予想の中で出た質問です。
アメリカ人の彼はこう答えました。
「その大統領が共和党だろうが民主党だろうが、自分の子供に『大統領のようになりなさい』と言える存在」
私はその答えがとても印象的で今でも記憶に残っています。
大統領のように美しい言葉をしゃべること、大統領のように優しさを持つこと、大統領のような強いリーダーシップを持つこと、大統領のように家族を愛すること、大統領のように人々に献身的であること、大統領のように溢れんばかりの好奇心と知識を持つこと。
彼によれば、自分の娘や息子にそんなアドバイスができる存在が、アメリカ大統領だそうです。
そんな話を思い出しました。
***
まずは上巻、オバマ大統領の生い立ちから、リーマンショックからの復興までの物語です。まるで小説のような物語に引き込まれていきます。下巻が楽しみです。