戦略とは何か?
話は「戦略とは何か?」から始まります。
この本は、第1章の初めに、最も重要な「戦略」をこのように定義します。これがほぼ全てです。
この本は、第1章の初めに、最も重要な「戦略」をこのように定義します。これがほぼ全てです。
戦略とは、困難な課題を解決するために、設計された方針や行動の組み合わせであり、戦略の策定とは、克服可能な最重要ポイントを見極め、それを解決する方法を見つける、または考案することにある。
このように書くと当たり前のことを書いてる平凡な本に見えますが、この本では、これを実現するために何が必要なのかを500ページかけて説明しています。
そしてその中で、我々が勘違いしそうな下記のような事は戦略ではないときっぱり言われます。
- 目標設定
- ビジネスプランの策定
- ビジョンやミッション、パーパスの策定
- 目標さえしっかり伝わっていれば、メンバー1人1人が最善の行動をとり、目標は達成されるであろうという妄想
この本では、目標設定を戦略だと勘違いしているリーダーによって多くの企業が潰れている例が示されます。僕も「目標を立てなければ、戦略が立てれない」とよく言いますが、この本ではその考え方を完全に否定されます。
最近では、ミッションやビジョンやパーパスといったその企業が社会に対して何を実現したいのかが最も重要であるという思想がとても広がっていますが、この本では、一貫してそのようなものと戦略は全く違うと言うことも何度も書かれています。
戦略に長けた経営者は、最も困難なポイントはどこか、逃したならない好機はどこを見極め、そこにフォーカスし、何かを乗り越えチャンスをつかむ具体的な行動に移す方法を考え抜く。どこが成否を分ける勘所なのかを理解する鋭い「嗅覚」を備えているし、そこに全エネルギーを集中させることができる。業績目標と戦略を混合することは無い。出来合いのリストやコンサルタントのマトリックスや戦略チームのプレゼンから戦略を選ぶような事はしない。戦略を「我が社は将来こうありたい」と言った類の固定的な目標や願望とは考えていない。言うまでもなく、勝利や利益や成功に対する野心はあるにしても、戦略はそれを叶えるためのものではない。戦略とは実際に組織が直面する困難な課題と好機にどう取り組むか、それを考えることだと理解している。(一部略)
つまり戦略策定のおけるリーダーの役割とはこういうことです。
戦略とは、ビジョンやミッションやパーパスや目標といったよくわからないものを、なんとなくリーダーが発することではなく、今この企業を成長させるために、最も重要なポイントが何か考えに考え抜いて特定し、そこに対して集中的にリソースを集中投下し、それを解決していく、その連続的な作業が戦略であり、リーダーがすべきことである。
この本で著者が訴えたいこと
この本で著者が訴えたいことはこれです。読むのがめんどくさい人は、これだけでもいいです。
- 戦略を立てる最善の方法は、困難な課題に正面から立ち向かうことである
- 一足飛びに目標を掲げ、思い描く終着点を語るな
- 最初にするべきことは困難な課題をじっくり見つめ、その構成要素やそこに作用していふ要因を理解すること
- ボルダリングでいけば、そこをクリアできれば成功がグッと近づくというポイントを見極めること
- ただしそれは現実的に克服可能でなければならず、人知を尽くしても解決不能なものに手を出してはいけない。
- 活用できるリソースを確認する。難所をクリアするには様々な能力やツールが必要。気合いと根性だけでは乗り切れない。
- いかにも魅力的な誘惑に負けたり横道に逸れたりしないように注意する。ミッションステートメント作りに何日もかけるとか、四半期業績目標の進捗状況チェックに毎日時間を費やすといった愚を避けること
- グループやワークショップ方式で戦略を立てるやり方は落とし穴が多い。グループで挑む場合でも、必ず困難な問題をじっくり見ること
課題を見つける方法
さて、戦略の第一歩目は課題です。しかし、我々はここで大きな壁にぶち当たります。
そう、課題がわからないのです。
そもそもこの本で論じているのは「ただの課題」ではありません。「途方もなく困難な課題」です。ただの課題であればきっとチームの誰かがすでに解決してるはずです。ここで議論しているのは、ビジネスの結果を決めてしまうくらいの超重要な課題なのです。
そう、課題がわからないのです。
そもそもこの本で論じているのは「ただの課題」ではありません。「途方もなく困難な課題」です。ただの課題であればきっとチームの誰かがすでに解決してるはずです。ここで議論しているのは、ビジネスの結果を決めてしまうくらいの超重要な課題なのです。
途方もなく困難な課題というのは
- 問題自体の明確な定義ができない
- そもそも「問題」がなにかはっきりしない
- どうもうまくいっていないという感じ、もうすぐとんでもないことになりそうだという予感があるだけ
- 解決が二者択一ではない
- 考えられる行動とその結果との因果がはっきりしない
- いくつかの解決策のどれが妥当なのか、専門家の間でも意見が割れている
その時に安易にフレームワークなどに飛びつくなと著者は言っています。借り物からは真の戦略は生まれないのです。
途方もなく困難な課題は分析しただけでは解決できない。既存のフレームワークも適用できない。しかるべき解決策は、注意深く診断して問題がどんな構造になっているのかを理解し、要素を再構成し、再検討し、問題を切り分けて的を絞り、類例を探し、ひたすら考えるというプロセスの中から浮かび上がって来るものである。だから戦略は選ぶものではない。
アイデアを出す方法に関する研究で1番まっとうなのは、「難しいと感じたところ」を「とことん考えること」だ。課題を注意深く診断し、その構造を徹底的に分析し、最重要ポイント、とことん考えることだ(一部略)
つまり、「死ぬほど考えろ」と言ってるわけです。
考える上でのコツもあります。
考える上でのコツもあります。
- 粘り抜く: 単純な答えに飛び付かず、もっといい答えに対する感度をあげること。戦略的な課題に取り組む時には、最初の答えに満足せず、視野を広げて粘り強く他の答えを探す
- 類推する: 前例や類例から類推する
- 視点を変える
- 暗黙の前提を言語化する
- つねに「なぜ」と問う
- 無意識の制約に気づく: 自分が無意識に建てている仮説や、根深く身についている世界観を意識する
常にトレードオフとの戦い
なんとなく解決すべき「途方もなく困難な課題」が仮に見つかったとして、どうするのか?
次のテーマは「勝てなければ意味がない」です。
次のテーマは「勝てなければ意味がない」です。
実はこれが難しい。多くの人は世間の評判とか、自分の評判とか、不名誉を避けるとか、内部抗争に勝つとか、そのような目的のために「得意なところ」に膨大なリソースを割きがちです。簡単に言えば、習慣として慣れていることに流れやすい。しかし、本当に大切なことは、勝てるところにフォーカスすることなのです。
その中でもっと難しいことは、せめぎ合う野心、相反する願望との戦いです。
人間は欲深い生き物で「課題解決を実現しつつ、これも守りたい」といった両採りをしたくなるものです。こうなると、どれかを満足させるためにはどれかを無視しないといけない状況であるにも関わらず、
- 決められなくなる
- 中途半端な解決策になる
といったことがよく起こります。このような時には、心を鬼にして制約条件(つまり「これも守りたい」)を緩和するしかありません。
ある状況において本質的なこととそうでないこととの間に一線を引けない人は、戦略プランニングの分野で出る幕はない
取り組み可能な戦略的課題をセットせよ
次に考えるべきことは
「この課題は解決可能なのか?」
ということです。著者は、課題は必ず決定的に重要であると同時に、現実的に取り組み可能でなければならないと言っています。これをASCと読んでます
「この課題は解決可能なのか?」
ということです。著者は、課題は必ず決定的に重要であると同時に、現実的に取り組み可能でなければならないと言っています。これをASCと読んでます
ACS = Addressable Strategic Challenge
冒頭にも書いた通り、
課題は現実的に克服可能でなければならず、人知を尽くしても解決不能なものに手を出してはいけない
ということが大切なのです。
課題は現実的に克服可能でなければならず、人知を尽くしても解決不能なものに手を出してはいけない
ということが大切なのです。
成長とか何か?
第5章では、戦略と成長に関する議論が展開されます。
現実に企業に対して課題を聞いた時に1番出てくる答えは「成長が鈍化した」だそうです。成長の定義は企業ごとに違うものの、実は多くの場合、下記の3つに課題は収束するそうです。
- 競争圧力
- 組織のアジリティ(機敏性)
- 起業家精神
これらに対する7つの対策が本書では書かれているので、詳しい内容はそちらをお読みください。
その中でも1つだけ面白かったところをご紹介します。
6. バケモノを育てない
「バケモノ」とは、多くの古い組織の中枢に巣食う仕組みやシステムのことだ。バケモノは長年の間に出来上がった決まりや規範や前例と、それを神聖化する官僚的人間とで構成される。こうしたバケモノを抱えた組織と仕事をした経験から言えるのは、とにかく庭の雑草取りをして風通しをよくし、フォーカスすべきことにフォーカスすることである。
戦略と権力
第6章では、いわゆる「マネージメントの強制力」について議論されます。つまりどこまで「これをやる!」と経営者が決めるべきかという話です。
著者は明確に
著者は明確に
戦略の実行は権力の行使だと断言できる
マネージャーは、明らかに意思決定段階に到達していれば、たとえコンセンサスが生まれていなくても、上級者が地位のパワーを使って意思決定を行う必要がある
とか書かれていました。
ただ、ここに大きな問題があります。企業における権力者は、嫌われるのを恐れて権力を使いたくないのです。
「会社のビジョンやミッションをみんなで深く共有すれば、1人1人が何をすべきか自ずとわかるはずで、マネージメントがあれこれいう必要はない」
これ、結構メジャーな考え方だと思います。しかし、よくよく考えるとこの意見にはよくわからない部分があります。戦いに挑みに行くのに、どこにどう攻め込むのかを士官が決めなくて攻めることなんてどんな軍隊でもありえません。サッカー日本代表監督が「W杯ベスト8が目標です!」だけを掲げて、戦略は選手が考えろなんていうわけありません。
リーダーには勝つための緻密な戦略構築能力が求められるのです。
改めて「目標が先ではない」
第2部以降は、最重要ポイント見つける方法、そしてそれを攻略する具体的な方法について議論が展開されます。
そして第4部からは、実際に実行しようとしたときにリーダーを惑わす誘惑について紹介されます。
この本では何度も「目標と戦略は違う」と言うことを口を酸っぱく説明されます。
戦略とは、リーダーが掲げた目標達成のための計画だと考えている人は数多くいます。しかし、その目標は誰がどうやって決めるのか?これが最大の問題なのです。
戦略がなければ目標は決まらないはずなのに、目標がどこからか降ってきて、それに対する実行計画を戦略と称しているものがあまりに多いということです。
そして第4部からは、実際に実行しようとしたときにリーダーを惑わす誘惑について紹介されます。
この本では何度も「目標と戦略は違う」と言うことを口を酸っぱく説明されます。
戦略とは、リーダーが掲げた目標達成のための計画だと考えている人は数多くいます。しかし、その目標は誰がどうやって決めるのか?これが最大の問題なのです。
戦略がなければ目標は決まらないはずなのに、目標がどこからか降ってきて、それに対する実行計画を戦略と称しているものがあまりに多いということです。
良い目標は、優れた戦略策定の結果として導き出される。良い目標は組織を前に進ませるような行動を指し示す。今後12ヶ月や利益を倍増するといった裏付けのない目標は、会社の現実からかけ離れていると言わねばならない。
いい目標と悪い目標
では、良い目標とはどのようなものなのでしょうか著者の意見はこうです
組織のリーダーが戦略の問題に取り組むとき、彼らは漠然とした願望や野望とそれを実現するための具体的な行動との間に橋をかけようとする。もしうまく橋をかけることができれば、その結果として良い戦略目標が生まれる可能性はある。
私の理解はこういうことです。
- 一般的によく言われる目標、例えば売り上げを2倍にしたいとか、営業利益率を30%上げたいいったものは、著者の言葉で言うとリーダーたちの漠然とした願望や野望である
- この願望や野望を実現するために、解決(攻略)すべき最も重要なポイントが課題である
- 課題を解決するために考えに考え抜かれたもの、それが戦略である。
- リーダーの願望と戦略の間をつなぐ具体的な行動計画が目標である
このように整理すると、長期的な目標を掲げただけのリーダーは自分が達成したい願望を言っているだけに過ぎず、著者はそれは決して目標ではない、それを指摘しているわけです。
目標とは、リーダーの願望と戦略の間をつなぐ具体的な行動計画なのです。
では、悪い目標とはなんでしょうか?
1. 裏付けのない思いつきの目標
悪い目標の1つ目は、ここまで何度も出てきたリーダーがいきなり言い出して生まれた謎の目標です。上の整理では「願望」と整理したものです。
「〇〇年で売上を◯倍にしよう!」
「市場シェアを◯%上げよう!」
これが悪い目標の1つ目。
このような目標を掲げる経営者は、どうプレイするべきかを教えせず「とにかく勝つんだ!」と怒鳴るコーチと同じで責任を果たしていない。
でも、高い目標を掲げることで社員にモチベーションを与える効果は無いのだろうか?そう考えた方もいるかもしれません。
これについて著者はこのように書いてます。
これについて著者はこのように書いてます。
目標は人を動機づけるとよく言われる。だが、思いつきの非現実的な目標を示されても、頑張って達成する意欲がわかないだろう。むしろ社内にしらけたムードを広がり、嘘や数字のでっち上げが横行するに違いない。
戦略がない中で高い目標だけが課され、その戦略と実行だけが現場に落ちると、それを説明するために都合の良い数字がエクセルで作られ、都合の悪い事実は隠蔽され、リーダーは都合の良い話ばかりを聞かされ、戦略や目標が2つも3つもでき、表の目標と裏の目標、表の戦略と裏の戦略が出来上がり、優先順位は複雑化して、生産性は下がり、そして衰退していきます。
2. 的外れの目標
2つ目の悪い目標は、誤った努力をしてしまう目標です。
このパターンでは、課題の抽出が適切に行われなかったり、政治的な駆け引きが発生して本当に注力すべきことを目標にできなかったり、目先の思惑に囚われたりすることで、誤った目標が設定され、それにより、真の問題ではなく的外れの問題に取り組むことになってしまいます。
つまり、無駄なことにエネルギーを使ってしまうということです。
どちらも耳が痛い話です。
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この本で書かれていることは非常にシンプルです。
リーダーよ、戦略を考えよ!
これだけです。本当に大切な課題を見極め、勝つための戦略を建てよ!と言っているわけです。
僕は、高い目標を考えたりリーダーが掲げたりするパワーを、もしかしたらこの著者よりは少し信じているかもしれません。しかし「戦略」と「実行」が何より重要であるという本書の主張については、全くもってその通りだと思います。
ミッションやビジョン、パーパスや、人的資本経営など、いろいろな経営戦略、経営手法が生まれては消えていきますが、結局経営とは勝つか負けるか、伸ばせるか伸ばせないかの勝負です。
どこに勝ち筋があるのか?どうやったら勝てるストーリーが描けるのか?これを考え抜き、戦略を描き、現場に伝え、目標セットし、実行する。
この本は、その大切さを改めて教えてくれた素晴らしい本でした。
戦略の要諦 (日本経済新聞出版)